。。。 ねとり、と頬に気味の悪い感触を感じ、びきりと一瞬でこめかみに青筋を立てて臭い息を吐き出す頭を蹴り上げた。同時に目を開け頬を拭う。座って壁に凭れ掛っていたらしい体を起こし、吹っ飛んだ男につかつかと歩み寄る。ごり、とその頭を踏みつけて力を込めた。 「気色悪ぃコトしてんじゃねぇぞコラ死にてぇのか死にてぇんだなあぁん?」 「う、うわあ!やめてくれ!たっ助けてくれぇぇ!」 ルギルのごついブーツの下で男が悲鳴をあげる。 「男の顔なんざ舐める変態を助けてやるワケねぇだろぉが」 侮蔑の笑みを浮かべて更に力を込めると、足下で暴れる小太りの男が濁った悲鳴を上げる。 「何をしている!」 看守が走ってきて鉄格子を叩いた。そこで初めてルギルはここが牢屋である事を確認した。尤も、予想済みのことなので別段驚かない。 「変態のイカレ野郎が襲ってきたからやり返しただけだぜぇ。別にてめえが気にするコトじゃねぇよ」 獰猛な笑みを浮かべて言い放ったルギルを看守はありえないものを見たと言いたげな表情で凝視した。その妙な反応に、ルギルも顔を顰める。すると看守は驚いたような残念なような勿体無いと嘆くような同情するような、様々な感情の入り混じった表情をして走って行った。 「・・・・・・・・?」 眉を寄せつつごりっと足の下の物を踏みにじると、短い唸り声と共に声が途絶えた。ぴくりとも動かなくなった変態から離れて格子の隙間から外を窺う。そこは、一般的な牢の並ぶ通路だった。一つの牢に二,三人ずつまとめて人が入っている。 「ニイさん強えなあ。何やった?」 向かいの牢から声がした。ルギルは変態の上に腰かけて背中を壁に預ける。 「声をかけてきた馬鹿を殴り殺したら貴族だった。そんだけだぜぇ?」 てめえはどうなんだぁ?と返すと笑い混じりの返答。 「貴族殺しがそんだけって。大罪じゃねえかよ。俺たちは盗賊ギルドの残党だ。ニイさんのケツの下でのびてんのはイカレた殺人犯さ。美人の娼婦ばっか何人も殺してた、猟奇殺人犯ってやつ」 「危ねぇコトしやがるぜぇ」 言うと、周囲の牢から笑い声が巻き起こる。 「そいつと一緒の牢に入れられてたって事ぁニイさんもそれくらい危険だって判断されたんだぜ?マジで何やったんだよ」 「捕まる時に暴れた記憶しかねぇな」 何でもない事のように言って、唐突に咳き込む。その、あまり普通でない音と口を押さえた指の間からこぼれた血に、向かいの牢から聞こえる声が黙った。 「・・・ニイさん、病気持ちか?」 ルギルは、指についた血を変態の服に擦り付けてふき取ってから答えた。 「アバラが折れて腹ン中ぐちゃぐちゃになったみてぇだなぁ」 口の中に溜まった血をぺっと吐き捨てて拳で唇を拭う。べったりと血がついた。 「俺が病気になんてかかるわけねぇんだよ。生まれて此の方風邪もひいたことねぇんだぜぇ?」 「でもよお、ニイさん、病気じゃなくて怪我だってんなら早いとこ医者にでもかからねえと、普通死んじまうぜ?」 「だから俺も死ぬんだろぉ?罪人なんかのために医者呼ぶ馬鹿はいねぇだろ。ま、もって半日ってトコじゃねぇ?」 他人事のように肩を竦めて告げるルギルに、周囲の牢が静まり返る。 「ンだよ辛気臭ぇ。たかが俺が死ぬだけだろぉが?俺だって死にたかぁねぇよ、最後の最後まで足掻いてやらぁ」 たぶん死ぬけどなぁ、と付け足して気楽に言った。 「俺は実際に死ぬまで自分の死ってのを認めたりしねぇんだなぁ。ひょっとしたらカミサマとかいうのが助けてくれるかもしれねぇだろが?」 もっとも、悪党を助けるのは神サマじゃなくて悪魔だって相場は決まってるけどなぁと続けてくっくっと笑う。それからふと声を止めて、 「・・・あの糞悪魔、次に遭ったら殺す」 「それは無理だと思うな」 綺麗なボーイソプラノが牢に染み付いた空気を圧して響いた。天鵞絨のマント、淡く巻いた金の髪、綺麗に歪む淡紅色の唇、愉悦に濡れる金緑の瞳。 「てめぇ糞悪魔ッ!嵌めやがったな!」 瞬時に吼えて格子を蹴り破る。殴り飛ばそうとする手が手錠でコンマ一秒止まり、しかし鎖を引き千切って進む。 「悪魔に拳で挑むなんて」 呆れた声を上げて突き出された悪魔の右手に紫色に光る魔方陣が浮かび上がった。瞬間、ルギルの拳が悪魔に触れる寸前、悪魔の右手から真っ黒い茨が迸った。茨の、従来のそれより棘の強調された蔓が生き物のようにルギルの拳を絡めとり、四肢を貫きながら元居た牢の壁へとその身体を叩きつけた。 「・・・・・・・っっっグッ・・・!!が・・・・ごふっ!」 喉の奥から血塊がせりあがり、ルギルはそれを止める術も無く吐き出した。血塊は後から後から喉を割り、窒息しそうになりながら血を吐き続けたルギルがようやく乾いた咳をするだけになった頃、床は一面血の海になっていた。 濃厚な血臭がむっと立ち昇る中、来ていたらしい総隊長と各部隊長が呆然と立ち尽くしている。 向かいの牢で、血臭に耐えかねたのか誰かが吐いた。 「そんなボロボロの体で、無理するからだよ」 酷く場違いな、いたわっているような優しい声音だった。 「ここに来る前、僕に肋骨を殆ど全部折られて、背骨にも罅が入っていただろう?人間の癖によく動けるなあ。普通は、痛みで発狂寸前までいってる筈だけど」 くすくすと笑う。 「もっとも、致命傷を与えたのは警邏隊の皆さんだけどね」 「我々は縄で縛ってここへ運んだだけだ!」 「肋骨が軒並み折られた状態で胴体を締め上げて引き摺り回してごらんよ、肋骨が刺さったりして内臓を痛めてあっという間に逝っちゃうよ。心臓に刺さらなかったのは不幸中の幸いかな?ほっといたらあと数時間で死ぬところだったけど・・・」 ちらり、と振り返って無邪気に微笑む。 「今、色々無理したし、持ってあと十分か十五分くらいかな」 息を呑む宣告に、総隊長を始めとした部隊長達、牢の囚人たちまでもが希望とは真逆の感情に身を浸らせた。この場にいる誰もが死が縁遠い物でなく、自身の身近にあるものなのだと身をもって知っていた。 「へ・・・・・ウソつけ。もう五分もたねぇぜぇ」 掠れた声で、それでも何かを嗤うように、ルギルが言った。黒い茨に絡めとられ貫かれた四肢からは血が流れ続けており、まさにルギルの命は風前の灯というに相応しかった。 「僕の僕になるって言えば、こんな痛い目に合わずに済んだのに」 右手から茨を生やしたままその手を引くと、茨に絡めとられたままルギルの体が宙に浮く。もう痛みを感じないのか、痛そうにする様子も無い。 「いい様だね」 嘲るわけでもなく、誰かに聞かせる風でもなく、純粋な感想としてその言葉を紡ぐ。 部隊長達が強く拳を握る気配がした。 「邪魔しないで」 ぴんっと空気が張り詰める。 「この男はもう、僕の手に縋るしか生き残る道は無いんだ」 悪魔の小さな体躯が重力に逆らって宙に浮いた。 「さあ、僕の下僕になる決心はついた?僕の僕になれば、今まで以上に世界を謳歌できるよ」 脱力して吊り下げられるルギルの耳元に睦言を囁く時のような甘ったるい声音を注ぎ込む。 ルギルが顔を上げた。血を流しすぎて青褪めた顔に、唇を染める鮮血が凄艶を極める。 その血の気を失った、しかし血で彩られた唇が吊り上って。
同時に腕を貫いていた蔓を無視して零距離で拳を打ち込む。蔓はびくともせず、腕の肉が千切れた。 悪魔の、少年のような小柄な体は吹っ飛び、それに伴い蔓が軋むような音を上げルギルから抜けていった。 己の血に侵食され赤黒く濡れた地面を睨みつけながら、ルギル・トキは絶命した。 「やれやれ・・・・」 ルギルから引き抜かれた黒い蔓は吹っ飛ばされた主を支えていた。蔓の棘から滴るルギルの血が白い手に落ち、赤い筋をつくる。 「本当に面白い人間だなぁ。神を突き放しているくせに悪魔の手をも拒むか。そんなになってまで?」 蔓を手の中に戻しながら、血溜まりのなかに伏すルギルに顔を近づける。 「・・・・・・・・なぁんだ、もう聞こえてないんだね」 血を含んで赤く染まったそれを引っ張ってルギルの顔を覗いた後、急に興味を失ったように手を離す。ごとん、と響いた鈍い音に、人間たちはその人だったものがもうヒトではない、物になってしまったのだという事実を否応無しに知らされた。 「じゃ、この男は引き取らせてもらうよ。悪いけど床は君達で掃除してね」 一面、血の広がった床を指して言うと、総隊長が厳しい顔で進み出た。 「悪いが、その男の体は我々が埋葬する。死を選んでまで悪魔の誘いを断った男だ。その男を置いて去れ」 相手が「力ある者」、悪魔だと知っていてここまで堂々と「去れ」などと言える者が、この都市に幾人いるだろうか。己もルギルの二の舞になる可能性が大きいというのに、彼ははっきりとそう言い放った。 しかし。 「・・・こいつは既に僕の下僕だというのに?」 くすくす、と残酷な笑みを顔に貼り付けて、悪魔は獲物をいたぶる獣のような嘲弄を瞳に浮かべた。 「こいつは僕の首に噛み付いた時僕の血を体内に入れた。確かにあの場面では噛み付くのが一番手っ取り早い攻撃だったけど・・・死に際になっても歯向かう意思を持っているとは思わなかったなあ。 堪え切れないように笑い出す。 「生者が悪魔の血を浴びるとその精神は堕落し、不老不死となる。 生者が悪魔の血を飲むと6日間、その肉体の所有権を悪魔の血と争う事になる。 勝てば魔力を持つ人間になるし、 負ければ新たな悪魔の誕生だ。 死者が悪魔の血を浴びると吸血鬼になり魔族の仲間入り。 死者が悪魔の血を飲むと意思のないアンデッドの出来上がり。 こいつは死に際に悪魔の―――僕の血を飲み、浴びた。さて――――――結果は、如何なるものや?」 何にしろ、ルギルが復活すると暗に告げているのだ。それが精神の堕ちた不死者であろうと、新しい悪魔であろうと、魔力を持つ人間であろうと、吸血鬼であろうとアンデッドであろうと。 もう一度殺さねばならない対象として、ルギルは甦る。 悪魔はいまや、唇を吊り上げて嗤っていた。
絞り出せた言葉はそれだけだった。目の前の悪魔に向かって、ありあまる殺意をこめて。 「中々に嬉しい褒め言葉だね」 滴るような悪意が嗤う口元に見え隠れする。 「総隊長・・・」 怒りで自制の効かなくなりつつある部下を手で制し、床に広がる銀白色の美しい髪を一瞬見る。 「ならば――――――甦る前に、彼を、殺す。」 悪魔を厳しく睨み据え、宣言した。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・。・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・あ? ・・・・・・・・ここはどこだ。体中濡れてて気持ち悪ィぞオイ。 あ―――・・・。まぁ待て俺。 周りで何か言ってらぁ。 「ならば――――――甦る前に、彼を、殺す。」 警邏の中で一番強そうだった奴か。腹に響く一撃くれやがって。 彼って誰だぁ? 「それはさせないよ。これはもう僕のだ。勝手に壊されちゃ困るよ」 彼って俺かよ。好き勝手言いやがって死ね。 カラダ・・・・・動く。死んだような気がしたんだがまぁ別にどうでもかまぁねぇか。 糞悪魔が居やがるんだったらあいつと今戦るのは無理か。 つくづく邪魔だぁ糞悪魔いつか殺す。
「それはさせないよ。これはもう僕のだ。勝手に壊されちゃ困るよ」 そう言って悪魔がルギルから視線を外した時。 悪魔が吹っ飛ばされた。ちょうど前に吹き飛ばされたので総隊長とぶつかりそうになる。 虚を突かれて思わず手にした剣で斬り伏せそうになるが、その前に響いた爆音の如き破壊音にそれをなんとか踏みとどまる。 浄化の用意もしていないのに悪魔と戦えば、良くて共倒れ、悪くて都市が壊滅する。 爆音は牢の中、壁が崩れて起こった音だった。
身を起こした悪魔が少年の細い手に鎖を握りしめている。その先はルギルの首に繋がっていて、繊手が鎖をぐいっと引っ張ると長身がのけぞった。 「がっ!?」 猛スピードで駆けていたルギルは突然首に物凄い負荷がかかり後ろ向きに倒れそうになった。 「何だこりゃあ」 首に手をやり先程までは無かった冷たい金属の輪が嵌っているのを知る。 「これはまた面白いことになったね」 手に絡めた鎖を更に引くと、「だぁあああぁあっ!」と叫んだルギルが引き寄せられてくる。 総隊長が、動いた。 剣を構えてルギルに肉迫する。鈍色の首輪に手をかけてなんとか抜け出そうとしていたルギルが、それに気付いて唇の端を吊り上げた。
「俺が騎士だと・・・」 全く手加減しないままに剣を振り下ろす。
がぢっ 自分を律しながらも強者との戦いに高揚を隠せない、碧眼。貴族然とした甘いマスクの持ち主なのに、それよりも鍛え上げられた精悍さが目につく。 がっと弾かれて剣が上に浮く。その隙を狙って打ち込まれる拳をいなして裏剣を打ち込むがガードされる。 「『我等が剣は常に神と共に』」 ルギルが笑いながら口ずさんだ詩のような一節に瞠目する。 「何故それを・・・!くっ」 一瞬作ってしまったほんの僅かな隙に、ルギルが鎖を鞭のように使い剣を絡め取る。腕も一緒に巻かれ使えなくなったところで外そうともがく間もなく自分の剣と腕が鎖で体に密着し、下手に動くと首が切れる体勢になる。その器用さに舌を巻くが、 「もーちっと愉しみたかったけどよぉ・・・てめぇが万全じゃねぇからって手加減するような酔狂さは持ち合わせてねぇんだよ、俺・ぁな」 気付かれていたのかと思う間もなく鎖が締め上げられ剣が首に迫る。 「そこまでだよ、僕の狗。警邏隊の総隊長を殺すと後々面倒だ。ここらで止めておくんだね」 鎖を握ったまま、悪魔が言う。 「てめぇの指図を受ける義理が俺にあるとでも思ってんのか?」 「わかってるんだろう?これがある限りお前はもう僕から逃げられない」 じゃらり、と鎖を鳴らす。その悪魔の後ろに飛び出そうとして飛び出せずにいる部隊長達の姿を認め、舌打ちして手を放した。じゃらじゃらと地面に落ちる鎖は余計な長さの分を詰めるように短くなり、悪魔とルギルをやや湾曲した線で結ぶ。 「それに、警邏隊総隊長殿はなかなか面白い。僕の酔狂で生かしておくのもいいだろうさ」 悪魔の言葉に、ルギルはこのことに気付いていたのか、と総隊長ははっとした。 自分が、悪魔の酔狂さで手心を加えられることを。 一見その場その場の衝動に全てを任せて動いているような男だと思っていたが、その実はかなり頭が切れるのではないかと疑問が頭をもたげる。 「・・・・・フン。まぁ全力じゃねぇ奴と戦ったって楽しかねぇしな。それよかぁ俺がいつてめぇの狗になった?ふざけたこと言ってんじゃねぇぞコラ」 「その首輪がいい証拠だろう?僕の血に触れた時からお前は僕のモノだ」 「気色悪ィ言い方すんじゃねぇよ糞悪魔」 鎖を逆に引っ張って挑発する。 「どーも死んだような気がしてたんだがなぁ、生きてるとあっちゃてめぇの言うなりになることもねぇ」 血塗れの凄惨な姿で、顔を凶悪に歪めてルギルは笑う。 「ふむ?まぁ―――――――――そうだね、この鎖以外にお前と僕の繋がりは無いようだ。じゃあしょうがないなあ、お前を殺して、やり直そうか」 ぴりぴりと肌に痛い殺気が、昼日中の空間に満ち満ちていく。 嗤いながら真綿で首を絞めてくるような空気に、その場にいた人間たちは息が詰まりそうになる気がして、意識して空気を吸い込む。 くっと、嗤う声がした。 「やってみやがれ」 愉しそうに、しかしどこか投げやりに呟いたルギルに、悪魔は残念そうな溜め息をつく。 「仕方ないなぁ。ねぇ、何か勘違いしているようだから言っておくけど。そんな、死ぬと分かってて僕に向かってくるような馬鹿な男じゃないと思っていたよ。抵抗するのを少しずつ調教していくのが楽しいんじゃないか。それとも―――――無条件で従うというのが嫌でこんな取引を仕掛けたのかい?」 何が起きているのかよく分からないといった表情を浮かべる部隊長達と、苦笑を漂わせた総隊長を見て、それから新しく見つけたオモチャが予想以上に面白い仕掛けだった、と喜ぶ子供のように目を輝かせる悪魔を見て。 「――――――これくらいもわからねぇ馬鹿だったらどうしようかと思ったぜぇ」 ニイ、と犬歯を見せて、嗤った。 遠回しに、どころかストレートに馬鹿にされた部下達を宥めながら、総隊長はルギルのやり方に苦笑した。 おそらく、悪魔と初めて遭い、目をつけられた時から逃げるのは至難の技だと分かっていたのだろう。自分と悪魔を繋ぐ鎖から逃れられないとわかると、悪魔の悪魔らしい性格を読み、「無条件で従わせようとするなら死んでやる」と逆に取引を持ちかけたのだ。「条件付きなら従ってやってもいい」と。悪魔がルギルの何を気に入っているのか分かっていなければ出来ない芸当だ。 そう、悪魔はルギルが抵抗するのが楽しくてたまらないのだから。 死んでしまっては抵抗など望めない。 生きていなければ、意味が無い。 そのことを、よく分かっていたのだろう。 しかし、予想以上に面白い人間だと悪魔が思ったのは明らかで、きっとこの先一生、悪ければ永遠に、ルギルは悪魔から逃げることはできないだろう。 そういう選択を、彼はした。 もっとも、悪魔を殺せれば開放はされるはずなので、その内殺すとでも思っているのかもしれないが。 少し離れた所で話す悪魔と白い髪の男。 二人が唐突にこちらを向いた。 「終わったよ。これでこの男は僕のモノだ」 「誰がてめぇのもんだって?大人しく雇われてやった分の見返りが無きゃ俺はさっさとトンズラすんぜ」 「雇われた?」 「この近くに探偵事務所開くんだってよ。そこに雇われた」 「た・・・・・・・探偵事務所?悪魔が?」 働く悪魔なんて聞いた事も無い。 「笑っちまうよなぁ?」 くつくつと笑うルギルに気を悪くした風もなく、悪魔は総隊長を見上げた。 「あぁ、一応悪魔ということは隠しておいてくれるかな?客が寄り付かないからね」 どうしても口が滑っちゃうって言うんなら、呪いをかけてあげるよ? 笑って、歩き出す。 「オイ待てコラ」 「その格好を何とかしてから来てね。入り口まで血痕が続いてる探偵事務所なんて、良識的な依頼が入らなくなるような醜聞はごめんだから」 「・・・・・・・・・・・」 常識的なことを言う非常識の塊の悪魔。ルギルの血塗れの姿を見て、確かに服から染み込んだ血が滴っている石畳を見て。 「とりあえず・・・・・警邏隊の公共浴場に入るか?」 その後、総隊長は部下の集中非難を浴び、命を助けてやっただのさっさとしねぇとここの牢全部壊してやらぁだの表通りの噴水に飛び込んでやってもいいんだぜぇだのルギルが口出しして、部隊長達はルギルに公共浴場を使わせることを了承した。
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